小径自転車、アレックス・モールトンのあるサイクリング・ライフ&オリジナルグッズをご紹介しています。

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2005年、9月16日、アレックス・モールトンのミーティングが
行われるスイスを目指して旅立った、私たち。
関西空港から約12時間のフライトを経てイタリア・マルペンサ空港へ。
約2時間ほどのトランジットの間に、さして美味しくもない空港のピザで
空腹を満たした後、スイス行きの便の出発ロビーへと急ぐ。
チェックイン手続きの列に並んでいるのは、ほんの十数名。
あぁ、あと1時間ちょっと飛行機に乗れば、スイスに着けるのだ・・・。

 手荷物を抱えて、搭乗口への長い無機質な廊下をひたすら歩く。時間は、夜の8時半。観光客風の姿は無い。帰省?それともビジネス?そんな感じの人たちに混じって、黙って歩いた。空港スタッフに誘導され、飛行機を見た時、私は思わず声をあげてしまった。
「え〜、プロペラやん?!マジで、これに乗るのぉぉぉ?」
 夜の空港、闇に浮かびあがったのは、本当にショボいプロペラ機だった。おずおずと飛行機の階段を上る私を笑顔で迎えてくれたのは、二人のパイロット。まさか?と思い狭い機内を見回すが、笑顔のフライト・アテンダントは居ない。おまけに座席は翼の真横。窓から、翼の前に着いたプロペラがバッチリ見える飛行機マニア垂涎の眺め。
「こーんな、ちっちゃい飛行機に、自転車乗るのかなぁ?」と不安を声に出してみた。
「わからん・・・。まぁ、バスでも乗るんだから、イケるんちゃう」と適当な大澤。
英語とイタリア語の「これから飛びますよ〜」というナレーションを聞いた後「ぶるっ、ぶるっ、ぶるんぶるんぶるんぶーん」という轟音をあげてプロペラが廻りだした。座席への振動が想像以上にまともだ。そして、飛んだ。大揺れをともなって、飛んだ・・・。

 実は日本を発つ前々日に、スイス・モールトンクラブ会長のマッシモさんにジュネーブ空港に着いた後の移動についてメールで訪ねていた。夜の9時45分にジュネーブ着だと言ったら、10時47分に空港駅を出る電車に乗るようにと教えてくれた。さらにローザンヌ駅で深夜12時発の電車に乗り換えれば、1時には私たちが宿泊する予定のビルヌーブ駅に着けるとのこと。飛行機から、電車への移動はどうなっているんだろう?たったの1時間で自転車をピックアップして、切符を買って電車に乗れるのだろうか?そんな事を考えていたら「着陸しますよ〜」と機長がアナウンスした。


 「とにかく走るしか無いな・・・」と私と大澤は目を合わせて気合いを入れた。勝負の分け目は、いかに早くスーツケースと自転車をピックアップできるか?と駅までスムーズに移動できるか?の2点だった。
 荷物受取所で自分たちのスーツケースが出てくるのを今か?今か?と待ちわびてレーンを凝視していたら、なんとバイクパックが出てきてしまった・・・。あれほど「別扱いにしてくれ!」とお願いしていたのに、プロペラ機の職員まで伝わっていなかったのだ。「フレームが曲がっていたらどうしよう・・・」と気になるが、落ち込んでいる暇は無い。大澤が2つのバイクパックをキャリーに積んでいる間に、インフォメーションで「駅はどこか?」と訪ねた。「出口を左へ、500メートルほど行けば、駅がある」と言う。時間が無い!走れ!走れ!走れ!

全速力で駅を目指したが、特に改札口というようなものは無かった。とりあえず「4番ホーム!!」と叫び、2つのバイクパックとスーツケースに悪戦苦闘している大澤を振り返りながら、走る。とにかく座席に着きさえすれば、電車も待ってくれるハズだ。ホームに走り込んだところ、気の良さそうな叔父さんが「慌てなくても、まだ大丈夫だよ」と言ってくれた。ほっとして振り返ると、誰かが大澤を手伝ってあげようとしている・・・。しかし、海外旅行では誰も信用してはいけないというセオリー通り、大澤が首を振って助けを断っている。駆け戻り「二人いますから!」と声を掛けて、荷物を二人で押した。

 ホームに立ち、改めて電車を見ると、車両ごとに自転車のマークが描かれている。スイスでは自転車を電車に積むのは当たり前のことなのだ。「日本のように、嫌な顔されることがない」と思うと、心底ほっとした。所定の位置にバイクパックを置いて、座席に腰掛ける。大澤も私も、肩で息をしている。
 「やったな!」と大澤がガッツポーズを作った。「ほんま。乗れてよかった〜」と私も笑顔で返した。

 電車が走り出すと、車窓からジュネーブの夜景を楽しむことができた。古い石造りの建物から、幾つもの明かりがこぼれている。「かわいい!小さな街なんだね・・・」とつぶやいた後、しばらくすると窓の外は果てしない闇に変わった。きっと畑の1本道のような所を走っているのだろう。
 車内は、本を読む女性、ヘッドフォンで音楽を聴く男の子、楽しげなカップルなど、日本と変わらない光景。途中の駅で、サッカー観戦後の興奮が冷めない団体が大騒ぎしながら乗ってきたりした。大阪で言うと阪神タイガースファンのようなものだろう。


 ローザンヌ駅で一度、乗り換える時にホームで、黒人グループにからまれた。かなり酔っている様子で「荷物を持ってやるよ〜」と手を掛けてきた。少し緊張したが断り続けて、次に乗るべき電車に乗り込んだ。
 走る電車の窓から、雨が降ったり止んだりしているのがうかがえる。深夜を過ぎ、田舎方向に走る電車は乗客もまばらで、すごく静かだ。駅と駅との感覚がすごく長いように思えてくる。眠気を感じながら、腕時計を見ると、そろそろビルヌーブ駅に到着しそうな時間。フランス語?の車内アナウンスは雑音だらけで聞き取れないから、気を付けないと乗り過ごしてしまう。「・・・・・・」とアナウンスの後、電車が止まった。座席に腰掛けたまま窓の外、駅の看板をぼんやりと眺めた私は“V.I.l.E.N.E.U.V.E”という文字を目で追った。一瞬、文字が頭の中でつながらなかった。うーん?V.I.l.E.・・・・。「うわぁ!ビルヌーブや!降ります!!!」と私は日本語で叫びながら、座席を立ち、半分閉まりかけた扉に手をかけた。その後、大澤が両腕で扉を押し開き、バイクパックを挟み込むと、車掌が気づいたのか、改めて扉が開いた。

 小さな外灯が灯るホームに降りたのは、私たち二人だけだった。どっちに進めばいいのか?と辺りを見渡していたら「ダー!!」っと雨が降ってきた。一瞬にして大雨に包まれた私たちは、屋根のある場所を求めて移動。待合い室の屋根の下、ほんの50センチほどのスペースに避難した。段ボールのバイクパックが心配だ。「出口を探してくるから、ここに居て」と大澤が大雨の暗闇に消えていった。叩きつける大粒の雨、地面からの跳ねかえりを受けて、すでに全身ずぶ濡れになっていた。今年の8月後半、スイスでは大雨による大災害があった事を思い出した。大澤が戻るのを待っている間、私は荷物の横に立ちつくした。もし今、強盗に襲われて大声をあげたとしても、私の声は雨音にかき消されて大澤に届かないだろう・・・。そんな空想が頭をよぎった。


 「こっち!」と駆け戻った大澤が、荷物の移動を始めた。もちろん、彼もずぶ濡れで必死の形相だ。駅のターミナルまで出てみたものの、わずかな外灯しか無い。予約していたホテルは、駅からわずか徒歩3分なのだが、暗くて地図を読み取ることさえ困難だった。私はホテルに電話をかけて、ビルヌーブ駅に居るが、ホテルの場所が分からないという事と、大雨で荷物も多いから迎えに来て欲しいことを伝えた。しかし、フロントは深夜でスタッフが自分一人しか居ないから、迎えに行くことはできないと言う。「お願い!困ってるの!」と叫んだ私は、一度、電話を切って深呼吸をした。そして、改めて電話をかけ「じゃ、タクシーを呼んでください。荷物が多いので、バンタイプをお願いします」と告げた。

 5分後、ターミナルには、一台の赤いセダンが現れた。降りてきたタクシーの運転手は、私たちの荷物を見て「信じられない!」風のジェスチャーをした。一回では到底、無理だと判断し、私と自転車を先に積んでホテルに行くことにした。大澤と離ればなれになるのは不安だったが、車が走り出してほんの2分ほどでホテルの前に着いた。私と荷物を下ろした後、運転手はすぐに駅へと向かい、大澤を乗せて戻ってきた。

 「ようこそ〜!大丈夫でしたか?」と迎えてくれたフロントのスタッフは、優しそうな女性だった。私は電話で思わず怒鳴りつけた事を恥ずかしく思いながら、挨拶をした。チェックインを済ませ、水を含んだ重たい靴で入室したホテルの部屋は、湖畔リゾートを思わせる素敵なインテリアで、本当に嬉しかった。清潔なバスルームでシャワーを浴び、ちょっと落ち着いた後「喉が乾いたなぁ・・・」と大澤が笑顔で言った。「1階にバーがあったでしょ!行ってみようよ〜!」と私たちは部屋を出た。

時間はすでに深夜3時だったと思う。バーの赤い扉を開けると、カウンターを挟んで少し胸の空いたワンピースを着た40歳ぐらいのママが「ボン・ソワ」と声を掛けてくれた。カウンターの奥では、カップルが談笑している。「ビールを二つ」と大澤がオーダーし、私たちは互いのグラスに瓶ビールを注ぎあった。
 「乾杯!やったぜ!来たぜ!」と大澤が言い、私たちはビールを喉に流し込んだ。

やっと着きましたスイス・・・、やっと飲みましたビール。とりあえず今夜は、ぐっすりと眠りたい。明日は晴れますように。ホント、ヨーゼフ、お願いします〜。

予告
スイス・フランス・イタリア輪行は、数回のシリーズに分けてお届けします。
翌日は世界のモールトニアたちとフォンデュ・パーティ!

次回のレポートにご期待ください。